【後編】birdが思う“理想のボーカリスト”とは。歌を通して交歓する、彼女の芯にあるもの|DIGLE MAGAZINE
<目次>
▶︎ 歌い出すと体の中で何かが巡る
▶︎ 温泉と音楽
DIGLE MAGAZINEとオールインワン型ファンメディア『Bitfan』が送る、“アーティスト活動”にフォーカスしたインタビュー企画。アーティスト選曲のプレイリストと共に、これまでの道のりやファンとの関係について掘り下げます。今回はシンガーソングライター・birdが登場。後編をお届けします。
(本記事は、DIGLE MAGAZINEに掲載された記事の転載です。)
※取材は2021年に行われたものです。
■歌い出すと体の中で何かが巡る
ープレイリストの話に戻ると、選んでいただいた中にはハイエイタス・カイヨーテのような、比較的新しい世代のアーティストたちの名前も並んでいますね。グレッチェン・パーラトも、今年出た新作『Flor』から曲が選ばれています。
ハイエイタス・カイヨーテは、日本に来たときに何回かライブを観に行ったんです。ボーカルのネイ・パームさんの声の出し方が、もう本当にすごかったんですよね。高いところから低いところまで、声が生きもののように行ったり来たりする。
ガツンッとやられるような感覚がありました。新作(『Mood Valiant』)もめちゃくちゃカッコいいですしね。グレッチェン・パーラトも、声はもちろんサウンドもカッコいいですよね。よく聴くとものすごく難しいことをやっているんだけど、それが、すごくさらりと聴こえて、聴く人を包み込むような音楽の在り方をしている。難しいことを難しいと思わせない、そういう歌の渡り方には憧れます。
ー難しいものを難しいと思わせないというのは、本当にそうですよね。
グレッチェン・パーラトも新作がよくて。プレイリストに選んだのはアニタ・ベイカーのカバーですけど、こういう独創的なアレンジも、好きですね。
ージョイスやエリス・レジーナのような南米出身のシンガーたちの曲も選ばれています。birdさんの音楽には初期の頃からラテン音楽の要素も強くあったと思うのですが、こうした音楽にはどのようにして出会いましたか?
エリス・レジーナは、大学の頃にレコード屋さんでジャケ買いしたんです。
ージャケ買い、結構されますか?
いや、そんなにしないんですけど(笑)。私がそのときジャケ買いしたのは、エリスが鳩にブワーッと囲まれているジャケットのアルバムで(『Elis Regina In London (Ao Vivo)』)。ジャケを見た瞬間に「これ、どういう状態?」と思って……それで買いました(笑)。
ー(笑)。
当時はエリス・レジーナの存在は知らなかったんですけど、聴いてみたらカッコよくて。調べてみたら身長も私と同じくらいで、決して大きくないんですけど、でも、すごく声にすごくパンチがあるし、興味を持ちました。
ただ、当時はエリスくらいしかブラジル音楽は知らなかったんです。その後、大沢(大沢伸一)さんと出会っていろんな音楽を聴かせてもらううちに、他にもいろんなブラジル音楽に出会いました。ジョイスに関しては、私がデビューした頃にレコード会社の先輩に教えてもらって、それからずっと聴いています。
何年か前に来日したときにはライブも観に行ったんですけど、その先輩も観に来ていて。久しぶりに再会したんです。そうやって音楽が人と人を繋いでくれたことも、嬉しい思い出ですね。
ー生で観たジョイスの演奏には、どんなことを感じましたか?
「こんな感じで音楽を続けていけたら素敵だな」と思いました。会場はCOTTON CLUBだったんですけど、ものすごく距離が近くて。基本的にはギター弾きながらガンガン歌っていたんですけど、その中で、ギターを持たずに歌った曲があったんです。それがすごく素敵だったんですよね。彼女がそこにいて、声を出している……それだけで存在感がある。「いつかこんなふうになれたらいいな」って、年齢を重ねていくのが楽しみになりました。
ーサンバやボサノバには、独特の身体性がありますよね。
そうですね。リズムがすごく気持ちいいし、身を委ねていると必然的に気持ちも高まってくる。こういうのって、ブラジル音楽に限らず、音楽のいいところだと思います。「今日、怠いな」とか「しんどいな」と思っても、歌い出すと「ちょっと、いい感じじゃない?」って、体の中をなにかが巡っていく感じがある。停滞しているものを動かしてくれる、というか。
ープレイリストの中で、大貫妙子さんの「あなたを思うと」は唯一の日本語詞の楽曲ですね。
大貫妙子さんを初めて聴いたのは、小学校の頃だと思うんです。「メトロポリタン美術館」という曲が、理由はわからないですけど、子供の頃すごく好きだったんです。私にとってはすごく不思議な曲だったんですよね。
「この曲、なんだろう?」と思いながら、毎回それがテレビで流れてくると、ずーっと聴いていて。大人になってから大貫妙子さんという名前を知って曲を聴いているときに、「あ、『メトロポリタン美術館』の人だ!」って合致したんです。その後、ご本人と一緒に「メトロポリタン美術館」を歌わせていただく機会もあって。
ー子供の頃の自分に出会う感覚にもなりそうな出来事ですね。
小学生の頃の私が「メトロポリタン美術館」を聴いて、なんだかわからないけど気になった……それってすごいことだったんだなと、今になって思います。
最近、私のライブにご家族連れで来てくださる方も多いんですけど、私のことを知らないお子さんが、ライブのあとに「よかったよ」なんて言ってくれると、「ああ、嬉しい」と思うんです。小さい頃になんとなく聴いた私の歌を、大人になって思い出してくれたら嬉しいなと思います。私にとって大貫さんは、そういう存在だったので。
■温泉と音楽
ー現在、birdさんは「bird’s nest」というファンクラブを運営されていますが、そもそもbirdさんはbird’s nestという名前でデビューする予定だったんですよね。
そうなんです(笑)。最初は「bird’s nest」になる予定だったんですけど、なんとなくユニット名っぽいし、Monday満ちるさんが私のことを「bird」と呼び出したので、結局、「bird」になりました(笑)。
ー結果として、「bird’s nest」は今、ファンクラブの名称になっているという。このファンクラブでは「温泉」をひとつのテーマにしていますが、何故、温泉なのでしょうか?
ギタリストの樋口直彦さんと一緒に、全国いろんなところに旅をする「そうだ」シリーズというライブをやっているんです。普段ライブをしないような場所でも、いい雰囲気だったら音楽をやってみようというアイディアからスタートしたライブなんですけど、各地でお客さんに勧めてもらった温泉に入っているうちに、段々と、旅をして、音楽をして、温泉に入って……みたいな流れが心地よくなってきて。
ーいいですね(笑)。「裸の付き合い」なんて言いますけど、温泉に入ることで知ることができる、その土地や人の雰囲気もあるような気がします。
そうですね。温泉で地元のお婆ちゃんたちの会話を聴くのも楽しいし、お客さんに「あそこの温泉もいいよ」ってお勧めしてもらったりして、楽しいですよ。温泉を通して会話が広がっていくので、健康にいいのはもちろんですけど、コミュニケーションとしてもすごくいいなと思います。時々、音楽よりも温泉の割合の方が多いときもあって、「なにしてるんだろう?」と思いますけど(笑)。
ー(笑)。
去年の6月に、初めての配信ライブをBillboard Live Tokyoでやったんですけど、お客さんがいない空間でのライブって、何をすればいいのかわからなくて。結局、樋口さんと「そうだ」シリーズと同じように、楽しいことができたらいいなとなって。
コロナ前は1ライブ1温泉くらいのペースで温泉に入っていたので、じゃあ、「1曲演奏するたびに温泉の話をするライブにしよう」と(笑)。
結果的に、そのときも配信ライブも楽しかったんです。そんな経緯があって、ファンクラブでも「温泉」をテーマにすることにしました。ファンクラブ内には、温泉タオルを紹介する「本日の1枚」、行ってみたい温泉を疑似体験する「お風呂に行きたい」、そして月に1度の配信ライブ「One Song, One Onsen」という3つのコーナーがあります(笑)。
ー「そうだ」シリーズ自体にはどんな手応えを感じていますか?
音楽をする場所っていろいろありますけど、求める見せ方や楽しみ方によって、その音楽が鳴らされるべき場所も変わると思うんです。
そう考えたときに、私と樋口さんはデュオという最少セットなので、地元の方が「気持ちいいな」と思っているような空間に入っていくことができる。例えば、普段は地元の方がお茶を飲みに来るような場所にも入っていくことができるし、私たちがそこで音楽をやることで、地元の方々にとっても「ここでライブができるんだ」という発見になるかもしれない。そうやって、音楽ができる場所が増えていくと、素敵だなと思うんですよね。
ー先ほど「歌はコミュニケーションである」という話もありましたが、birdさんには、歌を通してなにか明確なものを伝えたいという気持ちはあると思いますか?
う~ん……自分が「こうなんだ!」と思うことを伝えたい、みたいな感覚は、私の場合はあまりないかな……。体が響いて、言葉もそれに乗って振動していく。
そこにあるのって、「こう伝わってほしい」みたいなことではなくて、その「振動」そのものをお客さんにも感じてほしいということなんです。私が求めるのは、あくまでも双方向のコミュニケーションだと思います。その空間に来ていただいているお客さんたちの雰囲気を受けて、その場その場で私たちも変わっていく……そこには、あまり「こうなんです!」って押し付ける感じはないと思いますね。
私自身、「今日はこういう気分なんだな」って、その日その日で変わっていくものとして音楽を受け止めていけたらいいなと思っているんです。
ー「続けていく」ことを大切にされているbirdさんには野暮な質問かもしれませんが、この先の目標はありますか?
体が元気なうちは、歌と一緒に過ごしていきたい。それだけですね。それによって、またいろんな人に出会えるかもしれないし。私にとって歌は、出会いを助けてくれるものでもあるので。それがないと、私はすごく狭いところにいてしまうと思うんですよ。歌があってよかったなと、改めて思います。
(『DIGLE MAGAZINE』編集部 文: 天野史彬 写:関 信行 編:黒田隆太朗) )