【前編】birdが思う“理想のボーカリスト”とは。歌を通して交歓する、彼女の芯にあるもの|DIGLE MAGAZINE

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2022/04/01 17:00

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<目次>
▶︎ 声という楽器とずっと向き合っていく
▶︎ 歌はコミュニケーション



DIGLE MAGAZINEとオールインワン型ファンメディア『Bitfan』が送る、“アーティスト活動”にフォーカスしたインタビュー企画。アーティスト選曲のプレイリストと共に、これまでの道のりやファンとの関係について掘り下げます。今回はシンガーソングライター・birdが登場。前編をお届けします。

(本記事は、DIGLE MAGAZINEに掲載された記事の転載です。)


※取材は2021年に行われたものです。





一昨年デビュー20周年を迎えたシンガー、bird。1999年に大沢伸一主宰のレーベル「RealEyes」よりデビューし、その後も冨田恵一など様々な音楽家と繫がりながら独自の歌の道を歩み続ける彼女に、「birdにとっての理想のボーカリスト」というテーマでプレイリストを作ってもらった。アレサ・フランクリンからハイエイタス・カイヨーテ、さらに大貫妙子まで、時代や国を超えた豊潤な歌心を体感できるプレイリストだ。


このプレイリストを軸に、birdに「自分自身にとって歌とは何なのか?」ということをじっくりと語ってもらった。自分の身体に、命に、どこまでも自然であるように――そうやって歌を歌い続ける彼女の活動の芯にあるものを感じ取れるテキストになったと思う。インタビュー後半には、現在、運営中のファンクラブ「bird’s nest」についての話も。歌と同じくらい「温泉」も魅せられているという彼女の、穏やかで自由な現在地を感じてほしい。





声という楽器とずっと向き合っていく

今回はbirdさんに「理想のボーカリスト」というテーマでプレイリストを作っていただきました。まず、birdさんにとっての理想のボーカリストとは、言語化するとどういった存在ですか?



憧れるのは、ずっと長く歌い続けてらっしゃる方ですね。私も歌い始めて20年を超えましたし、“ひとつのことを長くやる”ということに、今、すごく興味があるんです。デビューした頃は先のことなんて全然わからなかったですけど、数年前に20周年のライブをやらせてもらって。


20年って、人が成人するまでの年月じゃないですか。そう考えると、「私はものすごく長い時間、歌い続けてきたんだな」って、感慨深くて。そういうこともあって、歌に限らずですけど、ずっとひとつのことで走り続けていられる方に惹かれます。あと、聴いたら「あ、この人の声だ」とわかる人。プレイリストに選ばせてもらった人たちは、私が声の好きな人たちばかりですね。


デビューされた頃と、20年を経た今で、歌に対する向き合い方に変化はありますか?


プレイリストにも入れましたけど、最初に「ああ、声ってすごい」と思ったのは、大学の軽音楽部の先輩にアレサ・フランクリンを聴かせてもらったときで。「この人の声は、一体なんなんだろう?」って、人間の声の強烈な生命力を感じたんです。


「私もこんなカッコいい歌を歌えたらいいな」と思った、そのときの想いは、今もあまり変わっていないです。もちろん長く歌い続けていると、その間に歌い対する距離感は近づいたり離れたりしますけど、ずっと同じようにあり続けるのは、「ああ、楽しいなあ」と思える……そんな、歌っているときの楽しさですね。そこも変わらないです。


birdさんにとって、歌うことはとても普遍的な行為なんですね。


そうですね。ひとつの曲を歌うにしても、歌い方や声の出し方は常にいろんな方向から模索していくし、それによって生まれる聴こえ方の変化や、私自身の体の中の変化も、すごく気になるし……そこに向き合うことはもう、終わらないことなんですよね。

歌は身体表現であるがゆえに、歌い続けていくことは、自分の体に向き合うことでもある。


年齢を重ねると体も変わるし、声も生き物だから、変わっていく。その変化が常に新鮮です。私の場合、20代の頃は勢いだけでガンガン歌い続けていられたけど、年齢とともに消耗は早くなってしまう。


なので、最近は、どういうふうに自分をエコモードにコントロールしながら、聴いている人の感覚が変わらないように歌えるか? ということを模索するようになっていて。「この歌い方だったら、聴こえ方は同じでも、軽やかに歌えるな」とか……そうやって、自分の今の体に合っている歌い方を発見しようとする。


それは、声質とかの話というより、「どういうふうに自分の体を使うか?」ということの問題なんです。歳を重ねる毎にそういうことを考えるようになっているし、この先もずっと模索し続いていく気がします。


今回、プレイリストの1曲目はキャロル・キングの「Music」ですが、birdさんにとってキャロル・キングとはどういった存在ですか?


私は大学に入ってから歌を始めたので、それまではほとんど音楽を聴いていなかったんです。先ほどお話したように、私の音楽のスタートはアレサ・フランクリンで、大学生の頃にアレサ・フランクリンのコピーバンドも組んだんですけど、どうしても自分の声とアレサの声は違うんですよね。


「これじゃないのかも」と思い始めて、いろいろ音楽を教えてもらっていくうちに、キャロル・キングに出会ったんです。キャロル・キングの声って、中音域がすごく気持ちいいんですよ。私も高い音が出ないので、キャロル・キングの中音域のふくよかな声の気持ちよさを知ったときに、「これなら私も近づけるかもしれない」と思ったんです。それから、キャロル・キングの歌を聴いたり、自分でも歌うようになりました。




歌はコミュニケーション

先ほどの体と向き合う話や、キャロル・キングとの出会いを考えても、birdさんにとって歌を歌うことは、自分の体の自然な状態を探すことでもあるというか。決して、無理をすることではないんですね。


無理をしてもいいときはあると思うんですけど、体的には、どうしても回復に時間がかかるようにもなっていくし。楽しく歌い続けていくための方法を見つけていく作業が、自分にとっては大事なんだと思いますね。


birdさんは普段、家でも歌を歌われますか?


時間があるときは毎日、練習を兼ねて歌っています。家族も普通に聴いてますよ(笑)。昔より、ものすごく練習するようになったんです。今は、20代の頃に比べても練習量が全然違いますね。どんどん、練習したくなる。歌う感覚って、時間を空けてしまうと「なんだっけ?」ってわからなくなってしまうこともあるので、歌えるときは歌っていますね。


birdさんは歌との距離がすごく近いんだなと、お話を聞いていて思います。


私にとって歌は、「歌うぞ!」と意気込むようなものでもなくて。「歌う/歌わない」みたいな意識もないですし。……「まあ、歌うよね?」みたいな(笑)。家でもそういう感じなんです。よかったなと思うのは、子供たちも含めて、家族が歌うことに抵抗がないことですね。毎日、なにかしら歌っているので。


歌が生きることに直結していることによって、birdさんはなにを得ていると思いますか?


歌って単音なんですよね。私は弾き語りもできないので、誰かと一緒に音楽を作ったり演奏したりすることになるんですけど、「コミュニケーション」のひとつの方法として、私には歌があるような気がします。


言葉を介してお喋りをしてコミュニケーションを取ることもできますけど、もしかしたら私が一番、人とコミュニケーションを取りやすい方法が、歌なのかもしれないです。一気に人との距離を縮めることができる素敵な方法ですね、歌は。言葉で誤解が生じることもなく、感情を行ったり来たりさせることができる。歌は、それが楽しいです。


裏を返すと、歌を得る前は、人とのコミュニケーションに難しさを感じたこともありましたか?


ありましたね。中学生の頃は学校もキツかったですし、悶々としていて。でも、その悶々とした気持ちをどうやって表現したらいいのかもわからなかった。


「何か、何か……」って探していくんですけど、それにも躓いてしまったりして。言葉って、本当に難しいものだと思うんですよ。同じことを言っていても、人それぞれで少しずつニュアンスや意味合いが違ったりする。そう考えると、私は歌を持つことで、だいぶ助かっていると思います(笑)。それで誰かと繫がることができるから。


後編へ続く


(『DIGLE MAGAZINE』編集部 文: 天野史彬  写:関 信行  編:黒田隆太朗) )


bird's nest – Bitfan

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